追憶



「何があっても、我を選ぶ……か」
黒髪の青年は、口許に微かな笑みを浮かべそう言った。
暖かい碧と冷たい金の瞳が柔らかく細められ、その手がほんの僅か少女のほうへと伸ばされる。
それに答えるように、少女もまた白い腕を差し伸べた。
今、この手を取らなければ、きっと、もう一生掴めはしない。
そんな予感を胸に抱いて……。
「遥か昔に……聞いたようなセリフだな」
青年は呟いて、少女のほうへと足を踏み出した。



「おい。風邪ひきてぇのか?」
ふいに背後から声をかけられて、少女はびくりと身を竦ませた。
けれども、訝しげに振り向いた彼女の瞳が、嬉しそうに見開かれる。
「アリオス!」
「本っ当に、おまえってスキだらけだよな。
 そーやってん時、モンスターに襲われたら、一発でお終いなんだぜ?」
彼女の髪を、クシャクシャにかき回しながら、アリオスが言った。
「もう……」
頬を膨らませながら、少女は軽く彼を睨み付ける。
「クッ……!そんなカオすんなよ、アンジェリーク。可愛い顔が台無しだぜ?」
膨らませた頬を、今度は朱に染めるアンジェリークを見て、アリオスは堪えきれずに吹き出した。
「ひどいわ、アリオス。からかったのね?」
泣き出しそうな顔で睨まれて、アリオスは困ったように唇を歪める。
「いや……。そういうわけじゃ、ないが……」
口の中で呟きながら、彼はアンジェリークから目を反らし、満点の星空を見上げた。
エリシアのある洞窟。
彼女のために、そして、彼自身のためにも、大切な惑星。
その空は、怖い程に澄んでいて、何故かひどく哀しい気分になる。
「なぁ……、アンジェリーク」
そう呼びかけると、彼女は大きな瞳でアリオスを見上げてきた。
ため息をつきながら、続きの言葉を待つ彼女の隣に腰を下ろす。
「俺が、突然、おまえの傍から消えたら。
 おまえの敵になっちまったら、おまえ……どうする?」
アンジェリークは目を見開いて、驚いたようにアリオスを見つめた。
何となく居心地が悪くなり、彼は慌てたように大袈裟な身振りで両手を振ってみせる。
「訊いてみたかっただけだ。気にすんな」
「信じてるわ」
不意にアンジェリークが答えた。
反応できないでいるアリオスに、優しい微笑みを向けながら、もう一度、言う。
「私は、何があってもアリオスを信じてる」
「…………」
しばらく沈黙が続いた後、アリオスは奇妙な具合に唇を歪めた。
「馬鹿。……おまえってやつは、そんなんだから……」
「え?なぁに?」
「……何でもねぇ!それよりも、アンジェリーク」
アンジェリークが首を傾げるよりも早く、アリオスはひょいと彼女を抱き寄せた。
そして、その頬に軽く口付けてから、耳元に囁く。
「おまえは、俺が守ってやるよ。
 だから、何があっても、俺の傍にいろよ?」
「アリオス…………。うん」
アンジェリークは幸せそうに笑って、小さく頷いた。



コツ……と、乾いた音をたてて、青年が立ち止まる。
差し伸べられた腕が、ゆっくりと力を失ったように下に垂れた。
栗色の髪の少女は彼の心を悟って、悲しげに表情を歪める。
……彼はもう、自分達の許に、帰ってきてはくれないのだ。
どれほどに願っても、過去の日々はかえってこないのだ……。
「我は皇帝。……愛などに殉じることは出来ぬ……っ!」
掠れた声で言いながら、彼はきつくマントを掴む。
その双眸に、愛しい彼女の姿を灼き付けようとするかのように、青年は強い眼差しを向けて来た。
「待って!」
これまでに、みたことのない、澄んだ瞳。
その端に光る何か。
少女はよろけるように彼に歩み寄った。
けれども、指先が彼のマントに届こうかという瞬間……、突然吹いた強い風が少女を押し戻す。
彼女は必死でそれに抗おうと、力を込めたが無駄だった。
かき消されるとわかっていながら、彼女は叫ぶ。
しかし、何を叫んでいるのかは、自分にも、わからなかった……。
風がおさまった後に、青年の姿はない。
少女は2,3歩足を進めて、その場に膝をついた。
何かを求めるように手を前に伸ばしかけ、力なくその手を床に落とす。
「…………っ」
青年の名を呼ぼうとして、少女は唇を噛みしめた。
彼を、なんと呼べばいいのか。本当の彼は、誰なのか。
……彼女には、わからなかったのだ。
「どうして、なの……?」
崩れ始める城の中……、彼女は消え入りそうな声で呟いた。
脳裏をよぎるのは、楽しかった、幸せだった日々の幻想。
彼の声。
彼の皮肉げな微笑み。
彼の……言葉。
「守って、くれるって……、約束したのに……」
少女の悲痛な囁きは、轟音の中に深く吸い込まれて行った…………。



(To Be Continued … アンジェリーク〜白い翼のメモワール〜)



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