だって子供だもん! −第3章−


やすっぽい宿の大部屋の扉を開けて、エーコはしばし呆然と立ち竦んだ。
ごくごく、当たり前の見慣れた顔が並んでいる。
けれども、何かが微妙に違う気がするのだ。
「何が?」と問われれば、「別に」と答えるより他にない程度の違和感なのだが。
「エーコ」
黒魔導師の少年が始めにエーコに気づき、とんがり帽子にもじもじと手をやりながら彼女の名を呼んだ。
「どこに、いっていたの?」
「市よっ!今日は、ジタンと2人っきりでデートだって、いってたでしょ!」
「あ…うん…。そうだったね…」
やつあたりぎみに、エーコに怒鳴られたビビは俯きながらいつものように両手で帽子を直した。
「それならそうとみんなに言っておいてくれないと…。
心配したのよ?エーコ」
と、エーコにしてみれば「余裕たっぷり」としか受け取れない発言をダガーがする。
むかっとして、声の主を睨み付けようとして、エーコは強烈な違和感に襲われた。
ダガーの声が…。
「ダガーっ!?」
驚愕してダガーをみやると彼女はエーコに背を向けて、窓の外を眺めているではないか。「ちょっと、それが、人と話す態度かしらっ!?」
むかむか状態が持続しているエーコは、うわずった声でダガーを咎めた。
しかし…。
「なんのこと?」
ダガーは相変わらず、窓の外を見ている…。
「その態度のことよ。人と話すときはその人の顔を見て話しなさいって教わらなかったの?」
「あら、いやだわ。
わたし、ちゃんとエーコの方を見ているわよ?」
「見てないわよっ!」
眉をキリキリとつりあげて、エーコは声を高くした。
「それの、どこが、エーコの方を向いてるってゆーのよっ!?」
ハラワタが煮えくり返っている思いのエーコは、ダガーにびしぃっと指を突きつけて声の限りにそう叫ぶ。
「どこを、指している…?」
すると、腕を組んで壁に寄りかかっていたサラマンダーがエーコを見ないままにポツリと呟いた。
「どこって、ダガーに決まってるじゃない!」
今にも噛み付きそうな勢いのエーコを室内にいる皆が不思議そうに見つめている。
その事実に気づき、エーコはしばし沈黙した。
それから、皆の顔をゆっくり見回し、皆が一様に怪訝そうな表情を浮かべていることを確認する。
「ど、どうしたのよ」
「おぬしこそどうしたのじゃ?」
心配そうに近づいてきたフライヤが、身をかがめて彼女の顔を覗き込んだ。
「エーコはおかしくないっ!」
撥ね付けるように、そう叫んでからエーコは声の調子を下げる。
「おかしいのは、みんなのほうよ」
それでも、納得の行かない様子で、小さく呟いて彼女は口を噤んだ。
「エーコ…?」
がしゃんがしゃん。
そんな音と共に声の主が近づいてくる。
そこで、エーコは半ば顔面蒼白になった。
先程までの小さな違和感が。
そんなわけあるわけないじゃないと、心の中で払拭していた現実が…。
急速に現実のものとなって、彼女の目の前に突きつけられたのだ。
「な、な、……なんでぇっ!?」
悲鳴のような掠れた声を上げながら、エーコは思わず後退った。
「どうしたの?エーコ」
「ど、どうしたの?じゃ、ないわよぅっ!」
半泣きの表情で、一歩づつ近づいてくるその人から一歩づつ遠ざかる。
「エーコ?」
パニック寸前の頭の中で、めまぐるしく考えが回る。
けれども、様々な考えが浮かんで消えただけで、何の解決にもならなかった。
しかも、取り乱しているせいで、自分が今、何を考えていたのかさえ思い出すことが出来ない。
ただ、ここにいる皆が明らかに異様なその光景を、何の拒絶も示さずに受け入れていることだけは理解できた。
あたかも、初めからそうであったように………。
(どうして…エーコがおかしくなっちゃったの?)
泣き出しそうに顔を歪めてから、エーコはきゅぅっと唇をかみしめた。
(ううん、そんなことない。エーコは間違ってないもんっ!)
そう、心の中で叫んで、彼女は自分の頬に触れようとしているその人の手を振り払う。
「エーコっ!…どこに行くの!?」
そして、その声を背中に聞きながら宿の大部屋を後にした。


……その直後。
「エーコ殿はどうしたのでありますか?」
窓からぼんやりと外を眺めている様子であったダガーがようやく室内をふりかえった。
「さぁ…?どうしたのかしら?」
ダガーに見つめられたスタイナーは軽く首を振ってみせる。
…そう、
この鎧男…スタイナーの姿をした者こそが、ダガーだったのだ………。


(つづく)

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