だって子供だもん! −終章−


どれくらい、時間が経ったのだろう……。
ジタン2人の低レベルな言い争いは、尽きることなく続いていた。
……否。
2人は同時に同じリアクションで同じ言葉を吐くので、言い争いにすらなっていないかもしれない。
彼らを止めることに疲れたエーコは、半ば投げやりな気分でジタン達を見ていた。
どこからどう見ても、見分けようがなく同じ容姿の2人。
ちょっとした仕草や、溜め息のつきかたまで一緒な2人。
……互いに自分が本物だと言い張る2人。
このままでは、埒があかない。
ぼんやりと、エーコはそう思う。
けれど…………。
(2人とも、偽物って事もあるのよね……)
そこまで疑いたくはなかったが、どうしてもそんな考えが浮かんで来てしまう。
(それにしても、いったい、何が起こったのかしら……)
チラ……と2人の方をうかがってから、彼女は深い溜め息をついた。
手のひらに握った、恐らく元凶であろう虹色の石は、光を放つ気配もなく、ただひたすらに沈黙を守っている。
それは、もう。腹だたしいくらいに。
(勝手にエーコ達をこんなトコロに連れて来て、しかもそのままほったらかしなんてヒドイじゃない!)
いっそのこと、石を投げ捨ててやろうか……。
そう思って腕を振り上げてみたものの、できるわけもない。
ちょっと強引にではあったが、ジタンに買ってもらったものなのだ。
(なんだって、エーコがこんなに苦労しなきゃいけないのかしら)
またもや溜め息をつき、彼女は2人に視線を戻した。
エーコの気持ちなんて察する気配もなく、彼らはまだ言い争っている。
(良く飽きないわねぇ……)
半分は呆れながら、もう半分は感心して。
エーコは口元を微妙に歪めた。
それが苦笑だったのか、微笑だったのかは当人にも分からない。
(ずっとココにいても……いいかな)
ふと、そんな事を思った。
偽物のジタンだって、悪い人ではないみたいだし。
ココのダガーはスタイナーだから。
ジタンはいつか自分を見てくれるかもしれない。
一瞬、頭の片隅に浮かんで消えたそんな考えに、エーコは激しい自己嫌悪に陥った。
(ばかばかっ。エーコったら何考えてるのよっ!
ダガーはジタンにとってとても大事な人で、そのダガーがあんな事になってるんだから。
ジタンはとっても辛いはずなのに……)
彼女にとってもダガーは大事な人だった。
それをそんな風に思うなんて、絶対に許されないと幼い心で真剣に思う。
『いい加減にしろよなっ!コノヤローっ!!』
その時、ひときわ大きな2人の声がエーコの耳に飛びこんできた。
はっとして顔を上げると、ジタン達がお互いの胸ぐらをひっつかんでいる。
今にも殴り合いに発展しそうなその光景に、エーコは慌てた。
これ以上騒ぎが大きくなるのはごめんである。
ただでさえ、自分達の世界とは微妙に違うこの場所で、何か壊しでもして役人など呼ばれてしまったら最悪だ。
「一緒にしゃべらないでっていったでしょぅっ!!?」
急いで立ち上がったエーコは、そう叫びながら2人の間に割って入った。
小さな腕で精一杯に力を込めて、2人を引き離そうとする。
『エーコ…………』
今まで、半ば忘れていた少女の仲裁に、ジタン達は大人しくお互いを掴んでいた手を放した。
「これからは、エーコの聞いたことにだけ答えてちょうだい。
いいわねっ!?本物のジタンなら、ゆうこときいてねっ!」
上手くいくかどうかなんてわからない。
2人のうちどちらもが、偽者なのかもしれない。
それでも……。
今の自分に出来ることは、2人を確かめることなんだろうと思った。
漠然と、そう思った。
『…………』
沈黙したジタンをじっくりと眺める。
やっぱり、2人の表情はどこまでも似通っていて。
(駄目だわ……)
観察して見分けることなんて、できそうにない。
あらかじめわかっていた事ではあるが、エーコは頭を抱えたくなった。
(それにしても……ココに来て最初に会ったジタンはすっごく違和感があったのになぁ)
ぼんやりとそんなことを思い、はたと気がつく。
(もしかして、本物の傍にいるから、真似するのが完璧ってコトなのかしら?)
「ジタン」
そっと呼んでみると、やはり2人は同じタイミングでエーコを見つめ。
同じタイミングで『ん?』と返事をした。
はぁぁ〜っと大きくひとつ溜め息をついてから、彼女は気を取り直してジタン達を見つめる。
わずかな表情の変化一つも見逃さない意気込みで、半ば睨み付けるようにして……。
怖いほど真剣なその表情に、彼らは一歩後退った。
「ジタンの好きなものはなに?」
『可愛い女の子』
「ジタン、ブリ虫好き?」
『……好きな奴って、いるのか?』
「山ブリ虫は隠し味に最高なんだからっ!
……ジタンのフルネームは?」
『ジタン=トライバル』
「……えっと。ジタンってモテる?」
『あったりまえだろうっ!リンドブルムじゃぁ、モテモテなんだぞ。
俺が道を歩けばなぁ……』
「はいはい。もういいから」
エーコは投げやりに言って、手のひらをひらひらさせた。
あまりにも生産性のない会話だ。
(こんなことじゃぁ、駄目だわ……)
頭を抱えて、考え込み。
エーコは唇をかみしめた。
あの時。
ココに来て始めて会ったジタンは、エーコにとても優しかった。
本物のジタンも優しくないわけじゃない。
けれど、何だか優しさが違う気がした。
そこから違和感が生まれたのだ。
ならば…………。
「ジタン」
仰のいて、彼女はジタンの4つの蒼い瞳を見つめた。
「ジタン…………エーコのこと、すき?」
『もちろんさ』
2人のジタンが同時に答える。
こんな時ではあるがやっぱりエーコは嬉しくて、ついつい口元を緩ませた。
「…………じゃあ、ダガーとエーコだったら、どっちがスキ?」
『…………』
ジタン達は沈黙し、しばらくの後、同時におどけたポーズをとる。
『そりゃあ、もちろんエーコの方さ』
「駄目よっ!」
声を尖らせて、エーコは2人に指を突きつけた。
「真剣に答えて。大事なことなのっ」
彼女は、そう訴えて、2人を交互に見つめる。
自分を見上げてくる真摯な瞳……。
……エーコから見て、右側に立つジタンがふぅっと短く息を吐き出した。
そして、大きな手のひらでよしよし…と言うように彼女の頭を撫でる。
優しいけれど、ちょっと乱暴にも思える、いつもの仕草で。
「ダガーだよ」
真剣な声音でジタンが言った。
わかりきっていたことだけれど、エーコの胸がちくんと痛む。
「エーコ?」
気がつくと、エーコは彼の腕を強く掴んでいた。
「ジタンはこっち」
小さく呟いて、自分の頭を撫でているジタンに微かな笑みを向ける。
「だから、あなたは、ニセモノよっ!」
「どうして?」
ニセモノと断言されたジタンは、傷ついたような表情をした。
「俺は、エーコが好きだ。エーコだけを。
……エーコは、俺のことを好きじゃないのか?」
真剣な蒼の眼差しに、エーコは戸惑う。
無意識にジタンの手を握りしめると、彼はぎゅっと握り返してくれた。
それに、勇気づけられるようにして、エーコは言葉を紡ぐ。
「……だって、悔しいけどっ、ジタンはダガーのことが大好きなんだもんっ!
ダガーのちょっとしたことで、がっくりしたり、喜んだり、ジタンはそんな人だから。
ダガーよりもエーコの方がすきなんて、真剣に言ったりしないの」
(エーコはそんなまっすぐなジタンが好きなんだから)
流石にそのセリフは当人の前では言えない。
最も、口にしたところで、本気にしてもらえるとも思えないのだが。
「そうなったら、いいなぁって思ったことはたくさんあるよ。
でも、エーコが欲しいのは夢じゃないよっ!」
こんなのは、ただの夢に過ぎない。
強くそう想いを込めて、エーコが言った。
囁くように小さな声だったのに、彼女の声は何故かとても強く響いた。
辺りがシンと静まり返る。

…………その瞬間っ!
エーコの左手に握られていた虹色の石が光り出した。
「きゃぁっ」
眼の奥を刺すような強い光に、エーコは眼を閉じる。
「エーコっ!石を離すなよっ!?」
「わかってるっ!」
お互いの姿も見えない程の光の洪水。
ココにやってきた時と同じように、ジタンの手が強くエーコの腕を掴む。
ふわりと身体の浮かびあがる感覚に、エーコはそっと眼を開けてみた。
一瞬前よりも光は弱まっていて、薄汚れた路地裏の石畳の上に立つ少年が見える。
彼は、複雑に表情を歪めていた。
「ジタン……」
きゅうっと胸が締めつけられるような思いがして、エーコはきつく唇をかみ締める。
「…………大好きっ…………」
不意に吐き出されたその言葉は…………哀しい眼をした少年に届いたのか否か。
ただ立ち尽くす彼を残し、2人は光の中に消えた…………。




「ク……クポォ……」
そんな聞きなれた声と共に、軽く身体を揺すられて、エーコは薄く眼を開けた。
「……モグ……?」
ぼやける視界の向こうに親友であるモーグリの姿を見て飛び起きる。
「どこ行ってたのよぅっ!……エーコから離れちゃだめって言ってるじゃないっ!」
「ク…………クポ……」
額のぽんぽんがしゅんとしてたれた。
しおらしいその様子に、エーコは腕を伸ばしてモグをぎゅっと抱きしめる。
「心配したんだからねっ!」
「クポっ」
一呼吸おいてから辺りを見回すと、そこは夕暮れの市だった。
先程まで痛いほど感じていた違和感はなく、暖かい夕焼けに世界は包まれている。
ジタンは……と思って更に首をひねると、自分のすぐ後ろに倒れていた。
「ジタンっ……戻ってきたよっ!起きてっ!」
「ん〜……」
手加減無しにがくがくと揺さぶると、彼は眠たそうに眼をこすりながら身を起こして大きく伸びをする。
道端に倒れ込んでいる2人に、せわしなく行き交う人々が怪訝そうな眼差しを送っていた。
だが、当の2人はそれどころではなく、先程までの違和感が消えている事に安堵を覚えている。
「戻ってきたのか……」
大きく息を吐き出し、ジタンがそう呟いた。
「……宿に、帰るか?」
「……うん」
流石のエーコも、これから市を見て回ろうと言う元気はなく、彼の言葉に大人しく頷く。
「しかし……なんだったんだろうな……」
「ね…………」
立ち上がりながら2人は首を傾げたが、当然の如く答えは見つからない。
その時……モグが微かに笑っていたことにも、気付いてはいない。
「あーーーーーっ!!」
「な、なんだっ!?」
エーコの手をひいて歩き出したジタンは、少女の上げた大声にひどく驚いた様子を見せる。
「石がなくなっちゃったのっ!エーコ、しっかりもってたのにぃっ!
……ジタンが、せっかく買ってくれたのに……」
既に半べそになっているエーコを横目で見て、ジタンは彼女の髪をくしゃくしゃっとかき回した。
「……また、綺麗な石があったら、買ってやるから」
兄が妹にするようなその仕草に。
エーコは哀しくなり、同時に嬉しくなる。
(大丈夫。ちゃんと……ジタンだ)
「うんっ!」
そして、満面の笑みを浮かべて、ジタンの手を固く握りしめた。



エーコはまだ知らない。
この先に起こる、哀しい出来事を。

エーコだけの優しいジタンが、彼女の親友からの…………。
「最後の贈り物」であったことを………………。



(おしまい)

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